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現代の錬金術:鉛から金をつくる価値とは

スイスのジュネーヴとフランスの国境部にまたがって位置する,世界最大規模の素粒子物理学研究所「欧州原子核研究機構」(通称CERN)で,“現代の錬金術”ともいえる研究成果が得られました。CERNにあるLHCとよばれる大型の加速器によって,鉛の原子どうしを光速に近い速度で,ごく近距離をすれちがわせることで,きわめて短時間,かつ,きわめて微量ですが,「金」の原子が生成されることが確認されたのです。
もともと,鉛の原子と金の原子では,陽子の数が鉛は82,金は79という差しかなく,この3つの陽子を失わせることで,理論的には鉛から金をつくり出すことも可能なことがわかっていました。しかし,原子から陽子をとるには非常に大きな力が必要で,これまで現実的には不可能とされてきました。これが,いわゆる“錬金術”が成立しない理由です。今回の実験結果は,それをくつがえす革新的な成果といえます。
今回,従来に比べ類をみない規模で鉛から金が生成したことが確認されていますが,それでも,2015〜2018年の実験で約860億個,質量にすると約29ピコグラムの金原子核という量であり,これは髪の毛1本300万分の1ほどにすぎません。仮に,1グラムの金を生成するとなると,今回の実験をもとに試算すると,次のようなコストがかかることにます。

・必要なエネルギー量… 1.3×1026ジュール
・必要な電気代…日本円で30円/kWhとして,1京8000兆円

どちらもちょっと想像がつかない大きさです。イメージしやすい例にさらに換算すると,鉛から65グラムの金をつくるために,地球上のすべての海を沸騰させるだけのエネルギーが必要となり,また,そのためには日本の国家予算※1の10000倍以上の金額をつぎ込む必要が出てくるというスケールです。一方,ふつうの金は1グラムあたり15000~18000円程度※2で市場に流通していることから,とてもではないですが,現在の市場価値に影響を及ぼす可能性は考えられません。
しかしながら,今回,原子の種類が変わる現象が確認されたことは,理論モデルの精度向上や,加速器の建設に新たな知見をもたらす,科学全般に寄与する大きな成果であることは間違いありません。
※1 2025年度予算をもとにしている。  ※2 2025年6月の国内金相場価格を参照。

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